台風13号
父島に着いたその日の晩に、土砂降りの雨が降る。風も強い。ダイビング・サービス からは、「船が出せないこともありうる」と言われていたので、心配になってくる。 多分、この一両日が台風が小笠原に最も接近する時であろう。これ以上天候が 悪化しないことを祈るだけであった。

ボート・ダイビング決行
一夜明けると、「前日の嵐が嘘のよう」とはいかず、雨こそ上がったが、 やはり天気は良くない。サービスからは「中止の時は電話する」と言われていたので、 ハラハラしながらピックアップの時間を待っていた。やがて約束の時間になり、 少し遅れて迎えがやってきた。ひとまず安心である。船着き場に着くと、すでに かなりの人数が集まっていた。PAPA'S DIVING STUDIOには、PAPA'S ALPHAという かっちょいいクルーザーがあるのだが、この日乗ることになったのは、 「千寿丸」というグラスボートだった。小笠原でのボートダイビングは、 朝出港したら、そのまま午後までずっと船の上で過ごすことになる。海况が良ければ 聟島(ケータ)列島の方まで遠征もあり、イソマグロの群れる「マグロ穴」などにも 行けるのだが、なにしろこの天候である。ケータどころか、二見湾から外へ出ることが 出来ないのである。

大美丸
小笠原最初のダイビングは、二見湾の奥に沈む、旧日本軍の輸送船「大美丸」である。 以外と知られていないかも知れないが、父島近海には、トラック(チューク)諸島 に匹敵する、レック(沈船)ダイビングのポイントが数多く存在するところである。 米軍の上陸は無かったのだが、本土防衛の最前線として要塞化が進められ、 その為の物資を輸送する輸送船が多数標的になったようである。なお、ダイバーで ない人でも、境浦に座礁する「濱江丸」を見ることができる。この船は、かなりの 沖合で攻撃を受け、瀕死の状態になりながらも父島にたどり着き、境浦に座礁した そうである。以前は甲板にヤシの木(?)なども生えていたが、近年では台風により ばらばらになりつつある。さて、本題の大美丸であるが、水深が30メートルと深い 所に横たわっている。かなり原形を留めており、なかなかのスケールである。 船の積み荷の食器なども残っている。 しかし、透明度(透視度)は良くない。おおよそ10m位であろうか。運が良ければ 回遊魚も期待できるそうだが、この日は普通かそれ以下の運だったようだ。 ウメイロモドキとかの群れは結構大きかった。最大水深33m、水温26度。

赤ブイポイント
2本目のポイントは、二見湾口付近にある赤いブイの傍にあることから「アカブイ・ ポイント」と名付けられた所である。外海に近いことから、岸壁に叩き付ける 波による白濁が入ってしまって、非常に透明度が悪かった。魚もほとんど居なくて、 ちょっとガッカリしてしまう。明日以降もこの調子だろうかと、ちょっと不安になる。 最大水深26m、水温28度。 私が赤ブイポイントで潜っている頃、二見港におがさわら丸が入港した。 予定より2時間近く遅れての入港である。どうやらかなり揺れたようだ。

中沈
父島でのダイビング2日目。この日は念願の PAPA'S ALPHAに乗ることができた。 昨日に比べて、だいぶ波風もおさまってきて、やっと二見湾から外に出れるよう になった。1本目のポイントは兄島「中沈(ちゅうちん)」である。 中くらいの大きさの船が沈んでいるので「中沈」という安易なネーミング であるが、バラバラになっているから「バラ沈」とか、他にも安易なものは沢山ある。 中沈の船の船名とかは判っていないらしいが、高角砲が残っていることから、軍艦 であることは間違いないだろう(注1)。此処には、小笠原では珍しいという「センネンダイ」 が住み着いている。エントリーしてみると、透明度はかなり良い。20m位はありそうだ。 お目当てのセンネンダイは、30m位のかなり深い所に居た。結構臆病のようで、 写真を撮ろうと近付くと、すぐに逃げてしまう。それでも何とか撮影したが、 ちょっとお見せできるような出来ではなかった。一言で言うと、「ミギマキの縞が 白と黒になった魚」と形容すると良いかも知れない。写真は、エキジットの途中に 撮影したもの。最大水深30m、水温28度。
(注1)輸送船にも砲を積んでいるものが多い事が判明 '01/12/25

ひょうたん
photo
兄島の西、瓢箪島(どこかのテレビでやってたような…)のポイント。 サンゴが綺麗なポイント。小物の熱帯魚の他、ユウゼンやテングダイ等も見掛けた。 地形は、なだらかに深くなっていく単調な地形で、フィッシュウォッチングが主体の ポイント。写真は、ここで撮影したテングダイ。この頃になると、やっと晴れ間も 出てきて、海の中も明るくなってきた。最大水深27m、水温29度。

ハナヒゲポイント
おがさわら丸出港日。それでもダイビングができてしまうのが、小笠原の良いところ だ。沖縄や海外のように、飛行機に乗るための残留窒素を気にしなくても良いから。 最初のポイントは名前の通り、ハナヒゲウツボが居ることから名付けられた ポイントで、瓢箪島の西側になる。ちょうど前日の「ひょうたん」の反対側である。 透明度もそこそこ良いので、みんなでハナヒゲウツボ探しが始まった。 第一発見者は、この日バディになってくれた女性だった。最大水深25m、水温28度、 透視度30m。

大岩
泣いても笑っても小笠原最後のダイビング。台風で泣かされながらも、なんとか 6本潜ることができた。その最後を飾るのは、兄島の西の沖に位置する西島の 東側「大岩」である。サンゴが途中から砂地に変わるポイント。サンゴの周辺には ノコギリダイやヨスジフエダイが群れを作っている。この日はカメラを持って いなかったので、ノコギリダイの群れの一部に同化して遊んでいた。 人に馴れているのか、近付いてもあまり逃げない。砂地にはガーデンイールが 首を出している。のんびりと潜ることの出来たダイビングであった。 最大水深24m、水温29度、透視度30m。 ダイビングを終えて戻る途中、人丸島付近でハシナガイルカに遭遇した。 うねりが高く、ドルフィン・スゥイムとはいかなかったが、30分くらい眺めて いた。

島内のこと
母島でも紹介したように、一応、父島の島内の事も紹介しておこう。 ただ、父島に関しては、他に紹介しているガイドブックやWEB Pageも多いので、 有名な場所はそれらに譲り、あまり人が書かないようなことを書いてみよう。

キャベツビーチ
photo
これは父島でなく兄島になるのだが、多くの遊覧船の遊覧コースになっている。 父島と兄島の間の水路に面したビーチである。可能であれば、是非此処で シュノーケリングしてみて欲しい。サンゴの美しさと、熱帯魚の多さで イチ押しのポイントである。かく言う私も、此処で素潜りをして、ダイバーに なろうと決意したのである。兄島海中公園の一部になっている。

人工衛星観測所
photo
父島は、母島と同じく殆んどが山である。その山の中央付近、その名も 中央山にある、宇宙開発事業団の施設。大きなパラボラアンテナがそびえている。 特に忙しいときでない限り、受付をすれば所員の人が案内してくれる。 名前から想像すると、沢山飛んでいる人工衛星を日夜追跡しているのかと 思われるが、実は、種子島でロケットが打ち上げられた後、種子島のコントロール センターからモニターを引き継ぎ、クリスマス島のコントロールセンターに引き継ぐ までの、わずか数十秒(正確な数値は忘れた)の為に存在しているのだそうだ。 だから、ロケットの打ち上げが無い日(ほとんど毎日)は、もっぱら計器類の保守が 仕事だそうだ。この場所からは、二見港や境浦の座礁船が良く見渡せる。

首無二宮金次郎
大村から人工衛星観測所へ行く途中にある。首がもげて胴体だけの二宮金次郎が 立っている。

枕状溶岩
枕状溶岩とは、海底でマグマが噴出したものが固まったもので、俵状の溶岩が いく重にも重なって出来ている。一般にはその断面が露出するので、 編目模様になる。これが見られるという事は、父島がかつて海底火山であった証拠 である。写真は小港浜のもので、他には父島北部の兄島に面した海岸や、島の東側の 初寝浦にも多数分布するらしい。中には、上部マントルに直接由来するものも あるらしい。


photo photo
首無二宮金次郎小港浜の枕状溶岩

境浦灯台下
夕日を見たいなら、断然ここである。ウェザー・ステーションを挙げる人も多いと 思うが、写真を撮るならこちらの方が絵になる。右の方からウェザー・ステーション がある三日月山が張り出し、正面には要岩という小さな島が浮かんでいて、夕日を 背景にシルエットとなり、実にフォトジェニックな光景だ。

南島
photo
有名ポイントは書かないと言ったが、やはり此処だけは書かずには居られないだろう。 父島の南端付近に浮かぶ無人島で、沈水カルスト地形という珊瑚礁が隆起して出来た、 世界的にも珍しいものだそうだ。島には、狭い水路で外海とつながっているサメ池 から上陸する。名前の通り、サメが沢山泳いでいるが、ここのサメはおとなしいので、 人を襲うことは無い。サメ池に面した崖には鍾乳洞があり、島の中央には、アーチで 外海とつながっている扇池がある。珊瑚礁特有の真っ白いビーチで、あちこちに ヒロベソカタマイマイという貝の化石が落ちている。この化石は持ち出しを禁止 されている。また、崖の上にはカツオドリが沢山生息している。色々書いてみたが、 百聞は一見にしかず。是非訪れてみることを薦める。

クレヨン
クレヨンは父島の弁当屋&飲み屋である。ダイビングでの知り合いの女性が アルバイトをしていたので、飲みに行ってみた。場所は大村の生協の正面。 カクテルを飲むなら此処だろう。父島製のリキュールを使った、此処でしか 味わえないカクテルもあり。注文すれば、島寿司も握ってくれる。

小笠原考
クレヨンで働いている知り合いもそうだが、島には本土からやってきた若者が 沢山アルバイトで働いている。沖縄などでは、リゾートやダイビングショップ などでは、そのようなケースも確かに多い。しかし、父島の場合、もっと 島の社会に同化した形でみんなが生活しているように思う。彼らを引きつけて やまない小笠原の魅力とは何なのだろう? 綺麗な海が見たければ、なにも 片道1日かけて船で行かなくとも、飛行機に2時間か3時間乗れば、沖縄やグアム ・サイパンだって行けてしまう。もし、小笠原に飛行場が出来て、気軽に行かれる ようになっても、果して彼らは来てくれるだろうか? 恐らく私はそうはならないと 思う。彼らはおそらく、日常社会から脱出して来たのであり、船に1日乗って 行かなければたどり着けない地だからこそ、小笠原を選んだのではないか。 父島には、曜日が無い。おがさわら丸の入港日が月曜日で出港日の翌日が日曜日 となる。定期便が飛べば、このようなことは無くなり、我々の今の生活パターンに 同期したものとなるだろう。空港建設の是非をここで述べるつもりはない。 しかし、少なくとも私は、気軽に行ける小笠原には興味を感じない。今手元には、 まだ小学生だった頃、小笠原に憧れて買った一冊の古ぼけたガイドブックがある。 太平洋の真ん中の孤島について、あれこれ思いを巡らせていた事を思い出す。 大人になって、実際に訪れた小笠原は、子供の頃の憧れのままそこに存在していた。 いつまでも憧れの島のままでいて欲しいと思うのは、一都会人の我侭なのだろうか… 今回の小笠原旅行記はこれでおしまい。長らくお付き合い頂き、本当に有難う ございました。